北条氏重

氏重は、1595年(文禄4)保科正直の4男として生まれる。母は家康の異父妹多劫。家康の妹の子供。多劫は、桜井松平家の松平忠正に嫁ぎ家広を産み、次に松平忠吉に再婚して信吉・忠頼を産む。そして最後に保科正直に嫁ぎ2男4女を産んだ。多劫の最後に産んだのが氏重である。浜松の異父兄松平忠頼のもとにいたが、家康の命により江戸に行き秀忠に拝謁する。1611年(慶長16)家康・秀忠の命により北条氏勝の養子となる。大坂の陣に参戦。下総国関宿城主・駿河国田中城主などを経て、1648年(慶安元)遠江掛川城にて3万石となる。1658年(万治元)10月1日没。64才。子は5人いるもすべて女で、跡継ぎがなく所領は没収された。

墓所

1.和歌山県伊都郡高野町高野山の高野山奥の院

2.静岡県袋井市国本の上嶽寺

3.静岡県某所