落合道次

小平次道次は、榊原清次の次男にて左平次道久の養子となる。家康に仕え功績多く、感状・金・刀などを賜ったことがある。関ヶ原・大坂の陣にも供奉した。1640年(寛永17)11月15日駿府町奉行となる。1651年(慶安4)7月由比正雪の事件で活躍、正雪を自害させ、その仲間を捕捉した。1652年(承応元)8月9日没。法名「仏性院殿一翁了無大居士」。なお、鳥居強右衛門の磔の姿を旗にした有名な落合左平次という武将がいる。この人物は、武田家に仕えた落合左平次道次(小平次道次とは別人)である。

墓所

1.静岡県静岡市葵区安西の大林寺