奥山朝宗

奥山氏の詳細は不明だが、井伊氏に従っていた。12代の六郎次郎朝宗は11代因幡守朝利の子。1560年(永禄3)5月19日、桶狭間にて主君井伊直盛と共に討死。法名「松岳祖貞禅門」。息子の朝忠は、井伊直政・直孝に仕えた。朝宗の妹が、徳川四天王の1人井伊直政の母にあたる。

墓所

1.静岡県浜松市北区引佐町井伊谷の龍潭寺