江川英長

英長は、英吉の子にて北条氏に仕える。たびたび氏直の使いにて岡崎の家康にまみえている。昵懇になるも同僚笠原隼人が讒言したため、これを斬り三河の家康のもとにはしる。のち氏直に許され、家康の娘督姫が氏直に嫁ぐときに従い韮山に帰る。北条氏滅亡後は、父とともに家康に仕えた。1632年(寛永9)6月27日没。72才。法名「遠光院法玄日啓居士」。下の墓石には、代々江川家の法名が刻まれている。

墓所

1.静岡県伊豆の国市韮山金谷の本立寺