安部信盛

1584年(天正12)遠江国生まれ。信勝の長男。安部家は、祖父の元真のときから家康に仕える。1599年(慶長4)伏見において家康に謁見。1600年(慶長5)父信勝が死ぬと遺領を継ぎ、同年の上杉攻めでは本多正信に属して下野国小山まで参陣した。のち加増を続け、信盛の代から大名となった。1674年(延宝元)11月27日没。法名「龍徳院殿妙峯性都大居士」。なお、正室は保科正直の娘で家康の養女。

墓所

1.埼玉県深谷市岡部の源勝院

2.愛知県新城市富岡の洞雲寺